みるくはうす  NOⅠ  2005年ーiwaki 
 
★X-JAPAN,GACKT,B'z、ets・・・・(Камень снегグループ)Ⅱ(みるくはうす)2005年
 



フリー

YOSHIKI

2月21日(日)に行なわれた


白鵬関の結婚式に


YOSHIKIが出席し、


ピアノを演奏した。



YOSHIKI


2010年2月22日(月)11:38 | フリー | 管理

TOSHI

新しい1歩を踏み出します」ToshI新サイトオープン
ToshI / X JAPAN
2010年2月9日 15:52 16


写真は1月18日の会見の模様。紆余曲折を経た現在のToshIの心境を、新しいアルバムの中から感じ取ってみよう。

2月24日にソロとしての“さよならコンサート”を開催するTOSHIが、新たなオフィシャルサイト「ToshI Official WEB SITE -武士JAPAN-」を開設。ソロとしてのアーティスト表記を“ToshI”に改め、オリジナルアルバム「武士JAPAN」をリリースすることを発表した。

ToshIは1月18日に記者会見を行い、これまで籍を置いていた株式会社ホームオブハート、株式会社ヒーリングワールドとの関係について説明。ソロ活動をともに行ってきたプロデューサーのMASAYAやパートナーのWANKUこと守谷香とも離れ、新たな活動を行うことを明らかにしていた。また、盟友であるX JAPANのYOSHIKIもToshIの“さよならコンサート”をプロデュースするなど、彼を支える意向を表明していた。

今回オープンした新サイトでは「僕は 初心にかえり 新しい1歩を踏み出します」「どうか これからのToshIを見て下さい」というToshIからのメッセージを掲載。また、2月24日に開催するコンサートのタイトル「ToshI LAST CONCERT【武士JAPAN】」を発表している。当日はゲストミュージシャンとしてPATA、HEATH、SUGIZO、YOSHIKIとX JAPANのメンバーが出演。サイトでのチケット優先予約も予定されている。会場は後日明らかになる模様。

また、オリジナルアルバム「武士JAPAN」はToshI自身がプロデュースを手がけ、書き下ろしの新曲4曲を収録。これまでとは異なる、本当のToshIの姿が反映された作品が完成した。本日2月9日19:00からは2000名限定の先行予約販売受付が行われた


競争率が激しく、チケットは見事落選でした。


http://homepage1.nifty.com/kito/htp-info.htm



2010年2月14日(日)18:31 | フリー | 管理

バンクーバー五輪 国母和宏選手

バンクーバー五輪、スノーボード・ハーフパイプ(HP)男子代表の国母和宏(21)=東海大=が、日本選手団・橋本聖子団長(45)の“大岡裁き”で17日の出場を認められた。



応援していまーす






2010年2月14日(日)18:22 | フリー | 管理

銀魂★   コス

銀魂

坂田銀時コス




2010年2月14日(日)17:55 | フリー | 管理

XJAPAN ハリウッドで5億円PV製作

XJAPAN ハリウッドで5億円PV製作 


 ロックバンド「X JAPAN」のリーダー・YOSHIKI(年齢非公表)が10日(日本時間11日)、米ロサンゼルスの自宅で、現在進行中の本格的な米国進出への思いを明かした。世界進出を目指し、米ロックフェラーセンターで記者会見を開いてから18年。一度は断たれた夢に向かって、X-はこのほど、米ハリウッドで総製作費5億円をかけた“ハリウッド級”の海外向けPV撮影を敢行。ハリウッドのメイン通り沿いのビルに特設ステージを設置してパフォーマンスを行うなど、全米に向けド派手なあいさつをぶちかました。

  ◇  ◇

 「ここまで来るのに本当にいろんなことがあった。(ハリウッドでのPV撮影の)ステージからも『今日は(米国での会見にいた)HIDEも一緒だったよ。(HIDEを入れた)6人だから』って言ったんです。ジーンとしてしまって…」。 積み重ねた歳月が、頭に浮かんだのだろう。冷静なYOSHIKIが口調を乱し、あふれ出る涙を止められなかった。

 全米進出を目指し、記者会見で米タイム・ワーナー(当時)との契約を発表したのが1992年。バンド名も「X」から現名に変えた。だが、レコーディングの遅れなどからCDの世界発売を断念。そして解散、HIDEさんの急逝。再結成、そして悲願の全米進出へ-。紆余(うよ)曲折を経て、18年越しの夢は、やっと手の届くところまできた。

 全米進出への足がかりとして、X-は米ロスで総製作費5億円をかけた新旧5曲の海外向けPV撮影を敢行。その一環として、米アカデミー賞の授与式会場でもあるコダックシアターの入る複合ビルの4階に、特設ステージを設置。同所史上初となるパフォーマンスを行った。

 現X-のメンバー5人と“6人目”の故HIDEさんの愛用ギターが登場すると、蛍光ライトを交差させ「X」型を作った全米各地のファンや観光客8000人から大歓声が上がった。

 昨年7月に頸椎(けいつい)の外科手術を受けたYOSHIKI、同年10月にろっ間神経痛による長期休養を宣言していたTOSHIは、ともに休養後、初のパフォーマンス。7時間近くも目の前のハリウッド大通りの車線を半分に交通規制するなど、米国への名刺代わりにハリウッドを“ジャック”してみせた。世界を目標にバンド名に「JAPAN」を背負った“6人”の夢。実現はもう目の前だ。



2010年1月21日(木)21:51 | フリー | 管理

TOSHI からのメッセージ

TOSHIからの
メッセージ





皆様へ
 

先日、一部マスコミにおいて離婚報道がありましたが、そのことも含めて、この12年間について私の感じたままに正直にお伝えしたいと思います。


1、これまでの12年間について
1998年よりこれまで12年間活動してきましたが、その間、実質上所属してきた株式会社ホームオブハート、株式会社ヒーリングワールド(ホームオブハートと実質同じスタッフの一連の会社)に私の活動のすべての売り上げのお金が渡っていました。
これまで、非常に過密なスケジュールの中で、一日も休むことなく働き続けてきましたが、仕事上のごくわずかな必要経費以外、コンサートのギャラも給与も生活費もXJAPANからの収入も含め、すべてのお金が私には一切与えられていませんでした。
働いた多額のお金は今日にいたるまですべて持っていかれてしまいました。
実際の生活費は、私の友人、知人に個人的に援助を受けて生活してきました。
今回、病に倒れたときですら、知人に援助を受けるすべしかなかったのです。


2、株式会社トシオフィスについて
私が代表者である(株)トシオフィスも、実質的には(株)ホームオブハートの経営の中にあり、私には経営や経理を含めた権利はなにも与えられていませんでした。
毎日働いたお金のすべてを、守谷香氏(妻)や(株)ホームオブハートや(株)ヒーリングワールドに渡していたにもかかわらず、詳細のわからない間に、私自身に莫大な税金と借金が課せられました。
これまで私は(株)ホームオブハートのために無償で働くただの従業員に過ぎなかったのです。



上記のようなつらい生活を続けてきたのは、12年前に心病んでいた私が、プロデューサーのMASAYA氏や守谷香氏(妻)に出会い、「救われた」となぜか思い込み続けてしまったからです。


これらのことについて、これまで長い間本当に悩み続け、心身ともに疲れ果ててしまいました。


3、守谷香氏(妻)のこと
10年前から、実質的には夫婦ではありませんでした。
仕事場でごくたまに会う以外、守谷香氏(妻)の生活は実際のところまったく知りません。
守谷香氏は、私との家庭生活よりもMASAYA氏と共に暮らすことを選び、これまで毎日、現在に至るまで10年間、那須で生活しています。
私は、東京都港区芝にあるマンションの小さな部屋で、一人で暮らしてきました。
この度、形ばかりとなっていた守谷香氏(妻)との婚姻関係を解消するため、妻に対する離婚調停を申し立てました。
実際はそうではないのに、守谷香氏のブログで、二人で仲良く暮らしているかのような嘘の文章を掲載されたり、デュエットなどの活動を押し付けられていた、すべての偽りが精神的な極度の疲労となっていました。


4、裁判について
私自身は、那須にある(株)ホームオブハートには10年ほど前に一度だけ、那須にある(株)トシオフィスにもこの10年間で3~4回立ち寄っただけで、(株)ホームオブハートや(株)トシオフィスでどのようなことが起きていたのか、まったくわかりませんし、裁判内容に関しての事実も知る由もありませんでした。
これまでいくつかの民事裁判が行われ、ニュースになるときにはいつもTOSHIの名前が出され、この件に巻き込まれたことを悩み、心痛んでいました。


5、現状について
私はこのような現状の中で、やむを得ず自己破産の申立をし、破産宣告を受けました。
現在進行中の破産手続において、私にはわからなかった、(株)ホームオブハート、(株)ヒーリングワールド、(株)トシオフィスに関する一連の、私にとって不透明な金銭や経理が明らかにされることになると思います。私としては、国の機関による真実の解明にすべてを委ね、誠実に協力したいと思います。


これまで長年にわたってだまされていたことからやっと目が覚めた気持ちです。

以上のような真実について、長い間本当のことを話せずにいたこと、また押し付けられていた毎日長時間にわたる過酷な労働が、心身ともに苦痛となり、積もり積もって今回の病気になってしまいました。


これまでの言動やブログの文章等で、仕事のためやむを得ず、自分の意思とは反して偽りを伝えたことも皆様にお詫びいたします。



今まで44年間生きてきた中で、この2か月半の間が一生分以上に大きな時間でした。
この間じっくり考え抜き、本当に大切なものがなんなのかを知り、ここで人生の再出発をしようと決意しました。
この思いを生涯忘れることなく、これからはささやかでも、嘘のない自分の生活を送っていきたいと思います。
これまで私を応援し支えて下さった皆様、本当にありがとうございました。
これからのTOSHIをどうか見てください。

                      


2010年1月17日 TOSHI 



TOSHIを

応援しましょう



2010年1月21日(木)21:30 | フリー | 管理

2010年

2010年    

明けまして

おめでとうございます






2010年1月5日(火)17:25 | フリー | 管理

金の成る木

金の成る木




去年植え替えしたので

3個しか花がさきませんでした



2009年12月3日(木)18:04 | フリー | 管理

X JAPAN

X JAPAN








2009年12月3日(木)17:56 | フリー | 管理

tears X

何処に行けばいい 貴方と離れて
今は過ぎ去った 時間に問い掛けて
長すぎた夜に 旅立ちを夢見た
異国の空見つめて 孤独を抱きしめた
流れる涙を 時間の風に重ねて
終わらない貴女の 吐息を感じて
DRY YOUR TEARS WITH LOVE
DRY YOUR TEARS WITH LOVE

Loneliness your silent whisper
Fills a river of tears through the night
Memory you never let me cry
And you You never say GOOD-BYE

Sometimes our tears blined the love
We lost our dreams along the way
But I never thought you'd trade your soul to the fates
Never thought you'd leave me alone

Time through the rain has set me free
Sands of time will keep your memory
Love ever lasting fades away
Alive within your beatless heart
DRY YOUR TEARS WITH LOVE
DRY YOUR TEARS WITH LOVE

流れる涙を 時代の風に重ねて
終わらない悲しみを青い薔薇に変えて
DRY YOUR TEARS WITH LOVE
DRY YOUR TEARS WITH LOVE
流れる涙を 時間の風に重ねて
終わらない貴女の吐息を感じて
DRY YOUR TEARS WITH LOVE
DRY YOUR TEARS WITH LOVE
DRY YOUR TEARS WITH LOVE
DRY YOUR TEARS WITH LOVE

If you could have told me everything
You would have found what love is
If you could have told me what was on your mind
I would have shown you the way
Someday I'm gonna be older than you
I've never thought beyond that time
I've never imagined the pictures of that life
For now I will try to love for you and for me
I will try to live with love, with dreams,
and forever with tears



2009年11月25日(水)17:51 | フリー | 管理

Tears (X JAPANの曲)

Tears (X JAPANの曲)
提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Tears

X JAPAN の シングル
収録アルバム 『DAHLIA』
リリース 1993年11月10日
規格 CDシングル (8cm)
デジタル・ダウンロード
録音 One On One Recording
ジャンル ロック
時間 15分36秒
レーベル Warner/MMG
プロデュース YOSHIKI
ゴールド等認定
トリプル・プラチナ (日本)

チャート最高順位
2位 (オリコン)

X JAPAN シングル 年表
Say Anything
(1991年) Tears
(1993年) Rusty Nail
(1994年)

『Tears』(ティアーズ)は、X JAPANの7枚目(X JAPAN名義では1枚目)のシングル。1993年11月10日発売。発売元はMMG(後のイーストウエスト・ジャパン、現・ワーナーミュージック・ジャパン)。

解説 [編集]
1992年のNHK紅白歌合戦のテーマソングとしてYOSHIKIが書き下ろした
『Tears ~大地を濡らして~』が

基になっているが、

サビの「Dry your tears with love」の部分以外はキーと歌詞が本作と異なるため、本作は「X JAPANバージョン」とも呼ばれることがある。

タイトル表記でも『Tears ~X JAPAN Version~』とされることが多かった。HIDEがYOSHIKIにX JAPANの曲としてレコーディングをするよう進言したという逸話がある。

YOSHIKIは1998年5月9日に放送されたhide追悼のオールナイトニッポンで、この曲が亡き父親を想って書いた曲であると明かしている。

オリコンチャートで「WEEK END」以来となる最高位タイの2位を記録。次作『Rusty Nail』で初のシングルチャート1位を達成するが、セールス面では本作がバンド最大のヒット作である。

韓国のロックバンドTRAXが、YOSHIKIプロデュースのシングル「Scorpio」にカバーバージョンを収録している。

iTunes Storeでもデジタル配信されているが、このシングルバージョンは10分を越えるためか、アルバム扱いとなっており、単品での購入はできない(カップリングのClassic Versionは単品での購入が可能)。

現在、YOSHIKIのMySpaceにおいて『Tears Unreleased ver』が公開されている。



2009年11月25日(水)17:25 | フリー | 管理

TOSHIが長期休養

TOSHIが長期休養、長年の誹謗中傷のストレスで・・・・




X JAPANのボーカルTOSHIが、ストレスが原因で肋間神経痛を患い長期休養に入ることを30日付自身のブログで発表した。
 

X JAPANのボーカルTOSHIが、ストレスが原因で肋間神経痛を患い長期休養に入ることを30日付自身のブログで発表した。ブログでは「ひどく体調を崩して、極度な肋間神経痛、また声が出なくなるという状態になった」と告白。所属事務所によれば「長年の誹謗中傷のストレスからTOSHIが倒れ、長期療養が必要」と説明している。

 

TOSHIにとって今年は再起を図る年だった。X JAPAN解散後ソロ活動に専念。一時期はハードロック路線を絶ち、ヒーリングソング1本に絞って活動を展開してきた。昨年からは音楽活動を通じて地球環境問題を訴えていくことをテーマに、ヒーリングと並行してハードロックを復活。バンド「TOSHI with T-EARTH」を立ち上げ、ヨーロッパ進出を視野に活動を模索した。

 今年に入り、エコを意識した音楽活動をプロジェクト化し活動を本格化。大手医薬メーカーや、大型チェーン、雑誌社とのタイアップを実現させ、エココンサートも実施。7月には平均年齢17.7歳の新生TOSHI with T-EARTHを再結成し、新曲発表やツアーを実施。構想の具現化に向けて力を入れていた。

 ブログでは体調が悪化した原因として「10数年前から今日にいたるまで、あくどい弁護士や、奴らに加担する悪質なストーカー、悪質な記者、利権を目当てに近づいてきた悪質な者達にでっち上げられて、散々嘘ででっち上げられて、マスコミでバッシングされ、大切な妻のWANKUや、大切な仲間達、子供達が辛い目に遭い、あまりの酷さに肋間神経痛になってしまいました」と説明。

 バンド再結成を発表した今年8月の記者会見でも「これまでいろんなことを言われました。X JAPANの利権や『X JAPANに戻れ』と言っている人たちによってこれまで貶められ、攻撃されてきた」と話していた。=写真は09年7月30日に新バンド再結成記者会見で撮影に応じるTOSHI=

 現在決まっているコンサートや講演会はビデオコンサート等で対応していくという。また新曲(ミニアルバム)やライブDVDの発売については通常通り発売される。TOSHIは「近い将来必ずまた復帰します。またお会いできる日を楽しみにしています!」とファンに向けて復帰を誓っている。



2009年11月2日(月)06:46 | トラックバック(0) | コメント(0) | フリー | 管理

ヘキサゴゴン&つるの剛士 ライブ参戦

つるの恩返し
2009年10月29日

つるの剛士ソロコンサート
つるの剛士感謝祭 ~つるの恩返し~に行ってきましたよ


つるの剛士、ソロコンサートでウルトラマン乱入





つるの剛士


ファーストソロツアー<ひとのうただけどつるのうた>公演中のつるの剛士が、<クイズ!ヘキサゴンII presents つるの感謝祭~つるの恩返し~>を10月29日、代々木第一体育館で行なった。

晴れ男つるのらしく好天に恵まれたこの日は、約10,000人のファンが結集、コンサートグッズのブースには早くから長蛇の列ができ開演前には限定グッズは全て完売。

18時の開場と共に大勢のファンがなだれ込んだ会場は、つるの剛士の登場をいまかいまかと待ち望む雰囲気に包まれていた。

東京でソロ・コンサートを行なうのは初であり、開演前から期待のまなざしがステージに向けられていた。

この日は<つるの感謝祭バージョン>としてアレンジした17曲を熱唱。前半は名曲「M」をはじめ、「レイニーブルー」「ラヴ・イズ・オーヴァー」などバラードを中心とした構成で、中盤には「クイズ!ヘキサゴン II」から生まれたユニット“フレンズ”の崎本大海と登場。予想していなかった会場からは大歓声が上がりつつ、大ヒット曲「泣いてもいいですか」、先日発売されたヘキサゴンアルバム第二弾から「夢戦士」の2曲を熱唱した。

そしてここでサプライズ。

12月12日に公開になる映画『大怪獣バトルウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』からウルトラマンダイナをはじめ、ウルトラマンゼロ/ウルトラマン/ウルトラセブンが登場し、映画でも登場する悪のウルトラマンのウルトラマンベリアルと映画公開前にステージ上で戦いが勃発。会場にいた子供達をはじめとして、世代の幅広いファンから歓声と応援する声とが共鳴する熱い雰囲気に包まれた。

そのままつるの剛士もステージに上がり、ウルトラマンダイナの主題歌「君だけを守りたい」をウルトラヒーローと、12年前の「ウルトラマンダイナ」で共演している崎本大海と大熱唱。

その後、「ビューティフル・ネーム」「笑顔のまんま」等を歌唱し、会場のファンを巻き込んでのコールアンドレスポンスで開場を盛り上げ、ゲストで里田まいを呼び込んで大盛り上がり。ギターもウクレレもピアノも弾くという内容盛りだくさんの2時間30分でライブは終了となった。



代々木体育館


つるの 剛士(つるの たけし、本名:靏野 剛士(読み同じ)、1975年5月26日 - )は、日本の俳優、タレント、歌手、ミュージシャン。叔父はイラストレーターの鶴野久男。羞恥心の「羞」・アラジンのリーダー。太田プロダクション所属。妹が3人いる。



ヘキサゴン
2009年10月31日

続いて


ヘキサゴンファミリーコンサート クイズ!ヘキサゴンII ヒットパレード2009も参戦しました。





【出演】
島田紳助/つるの剛士、上地雄輔、里田まい、スザンヌ、木下優樹菜、崎本大海
クリス松村、岡田圭右、FUJIWARA、元木大介、品川庄司、波田陽区、アンガールズ
小島よしお、神戸蘭子、矢口真里、山田親太朗、大沢あかね、さとう里香、辻希美
牧原俊幸・中村仁美(フジテレビアナウンサー) 他



五反田の駅前周辺

五反田のホテル


ゆうぽーと

に2泊3日しました。



2009年11月1日(日)13:07 | トラックバック(0) | コメント(0) | フリー | 管理

観ました~YOSHIKI&GLAY

今年・デビュー15周年を迎えたGLAY。

彼らの原点であるデビュー曲「RAIN」をプロデュースしたYOSHIKI(X JAPAN)さんと、

「SONGS」で、運命の再会を果たしました。
ロサンゼルスで行われたYOSHIKIさんと、TAKUROさん・TERUさんの対談を中心に、
GLAY・4人の15年間の歩みを振り返る「SONGS」、
10月21日(水)夜11時から、NHK総合でお送りします。・・・



2009年10月22日(木)08:32 | トラックバック(0) | コメント(0) | フリー | 管理

YOSHIKI、映画『ATOM』に泣く…ロサンゼルスでプレミア開催!

YOSHIKI、映画『ATOM』に泣く…ロサンゼルスでプレミア開催!ファン2,000人がわく
 


現地時間19日、アメリカ、ロサンゼルスにて手塚治虫原作で自らテレビアニメ化もした不朽の名作「鉄腕アトム」をCGアニメ化した映画『ATOM』のLAプレミアが行われ、テンマ博士の声を担当した役所広司が海外キャストとともに、レッドカーペットを堂々と歩いた。プレミア会場にはファン約2,000人が集まり、90媒体以上のマスコミが集結するという注目の高さだった。『ATOM』はアメリカでは23日に公開される。
 また、一時は映画『ATOM』の音楽プロデュースを担当することも決まっていたが、首の手術と重なったため断念していた、YOSHIKIもLAプレミアに参加、本作のプロデューサーで「鉄腕アトム」の原作者故・手塚治虫氏の長男、手塚眞氏も一緒にレッドカーペットを歩いた。手塚氏は、「32年前に父とここで、『スター・ウォーズ』を観たことを思いだしました。今日は、父が一緒にいると思います」と父・手塚氏の思い出を語った。
 YOSHIKIは、本作を担当することができなかったことをかなり残念に思っているらしく、「主題歌を担当する話もありましたが、首の手術とかさなり、できなくて大変残念に思っております。子どものころ、『鉄腕アトム』で育ったので、長い期間を経て、この『ATOM』をアメリカで観ることができて、とてもうれしいです。(映画を観て)思わず泣いてしまいました。多くの方に見ていただきたいと思っています」とコメントした。
 映画『ATOM』は公開中の日本を含む世界60か国・地域、全米3000スクリーンでの公開が決定している。日本のアニメを海外で製作したことに反発するファンも多いが、手塚眞氏が父の名を背負って製作側についたこともあり、「鉄腕アトム」を実際に観て育った世代が観ても十分に納得のいくクオリティーに仕上がっており、口コミでその評価高まっている。また、エンドロールであのなつかしい、おなじみの「鉄腕アトム」のテーマも流れ新旧ファンがともに楽しめる映画になっている。



2009年10月22日(木)08:28 | トラックバック(0) | コメント(0) | フリー | 管理


(12/15ページ)
最初 6 7 8 9 10 11 >12< 13 14 15 最後